ブログ

ryuzeeによるブログ記事。不定期更新

SI案件でアジャイル開発を進めるときの勘所

みなさんこんにちは。@ryuzeeです。

10月に発売となった『プロダクトマネジメント - ビルドトラップを避け顧客に価値を届ける』ですが、まだお読みになっていない方是非よろしくお願いします。 また、ここ数か月新しい書籍の翻訳に取り組んでいて、来年の春くらいには発売になるかと思います。この本も楽しい本だと思うので是非楽しみにお待ち下さい。

さて、先日、プライベート講演で、SIのコンテキストでアジャイル開発を進める場合に、どのような点に気をつけておくとよいかを話して来ました。 汎用的な内容で読者の方の参考になるかと思いますので、資料を公開しておきます。


以下、資料だけ見てもわからない方向けの解説です。

TL;DR(結論)

  • SI案件でアジャイル開発を適用する場合、顧客側がアジャイルを正しく理解していない可能性があるので、案件開始前に教育すべし
  • ステークホルダーマネジメントは重要。これはウォーターフォールでもアジャイルでも変わらない。SI案件の場合、プロダクトオーナーの重要な仕事はこれ
  • 要求される品質を開始前に明らかにする。そのために社内品質管理部門と連携したり顧客と調整したりする必要がある
  • 品質を最後に上げることはできないので、最初から最後まで確保し続けられるようにする
  • 成果を出したければ良いチームを作ること
  • 複数プロジェクトの兼任はムダでしかない

ステークホルダーマネジメントはSI型のアジャイル開発の肝

SI型の場合、プロジェクトには多くの関係者が登場します。 顧客(発注者)、顧客(関係部門)、顧客(ユーザー)、自社内のマネージャー、運用部門、セキュリティ部門、監査部門などなど多岐に渡ります。 これらステークホルダーがいかに共通認識を持つかというのが重要になってきます(多くの場合、期待値や認識にズレがあります)。

特に大きいのが「アジャイル」に対する理解です。昨今顧客側がアジャイルを指定することが増えていますが、それを単純に鵜呑みにすると問題が起こるかもしれません。 過去にあった誤解を紹介しておきます。

このような誤解を持たれたままプロジェクトを始めてしまうと、無理難題を言ってきたり、発注者としての責務を果たせなかったり、期待値のズレによって揉め事になったりします。 まずは、実際に契約を締結する前に、顧客が意図しているアジャイルとはどのようなものなのか、アジャイルによってどんな成果や効果を得たいのか確認しておくことをおすすめします。 アジャイルは、「同じ物」を速く作る方法ではありません。 必要に応じて、初期の段階で顧客にもトレーニングを受けてもらうのも良いでしょう。

余談ですが、顧客がアジャイルを理解していれば「請負契約にしたい」なんていう言葉は出てくるはずがないので、もしこれが出てきたら焦って契約せずに教育が必要です。 目先の数字や案件欲しさで飛びついてしまうと痛い目にあいます。

プロダクトオーナーは実際のところ誰がやればいいの?

IPAの資料などでは、プロダクトオーナーは発注者が望ましいと書かれています。 とはいえ、現実的にはそれができる顧客の数はそう多くないというのが正直な実感です。

プロダクトオーナーはその性質上単一障害点になりやすいロールです。 またスクラムチーム全体が成果を出せるかどうかはプロダクトオーナーによるところが大きく、プロダクトオーナーはスクラムチームの外側の半分の時間を使い、残り半分をスクラムチーム内部に使うようなフルタイムの仕事だと考えておくのが良いです。 しかし、顧客がそれだけの時間を実際に使えるかどうか疑問符がつくことが多いのが実情です(すでに複数の仕事を抱えていることが多い)。

また、複数の利害関係者間の相反する要望の調整をしたり、スコープ調整をしたりといったことがうまくできず、言いなりになってしまうこともあります(社内の立場的にシビアに調整しきれないこともあります)。 プロダクトオーナーと開発チームの関係性が、発注者・受注者の関係性と同じになってしまい、フィードバックループが形成されなかったり、価値が伝わらなかったりすることもあります。

もちろん経験やスキルによるところは大きいですが、大きなリスクになりえる箇所だということは認識しておかなければいけません。 どうしてもという場合には、十分な教育やサポート体制を組んでください(固定のサポートメンバーを常時つけるなど)。

品質を定義し、それを維持する

言うまでもなく、SI案件だろうが、自社開発のサービスだろうが品質は重要です。 ただ、SIの特性上、プロジェクトを開始するタイミングで達成すべき品質を明確にしておく必要があります。

品質を無視して進めてしまうと、リリース時に大きな問題が起こります。 また顧客の要求する品質と乖離があった場合に揉め事になる可能性もあります。 つまり、初期の段階で品質を定義し、その品質を維持し続けられるような仕組みを考えなければいけません。

SIのコンテキストでは品質は開発側で勝手に決められるものではなく、顧客側と品質要件を明確にする取り組みが必要になります。 一方で開発側の社内にも品質基準が存在することが多く、顧客が要求する品質と、自社で標準的なものとして設定している品質を比べながら、どの程度の品質を目指すのかを定義しなければいけません。 これを行うためには、初期の段階から社内の品質管理部門などを巻き込む必要があると言えます。

その上で、定義した品質をどう維持するかの戦術面(テスト自動化、その範囲など)を一緒に考えていく形が理想です。

機能しているチームで取り組む

アジャイル開発での成果は下の図にあるように掛け算です。 いくら素晴らしいアイデアや解決の意義のある問題を定義しても、開発力がなければ成果は少なくなります。 またチームとして機能していなければ、開発力を活かせません。 従って、開発力やチーム力を常に上げていけるような取り組みが必須です。

チームが成長する上では、成長に使える時間的な余裕と、心理的安全性が欠かせません。 意見を言えて、改善や実験(と失敗)を繰り返せる安全性がハイパフォーマンスにつながります。

チームが機能するようになるには時間がかかります。 毎回チームを1から作っていては勝負にならないので、「良いチームを維持して高く売る」というモデルを考えると良いと思います。 チームを維持するからこそ、チームの成長に継続的に時間を使えるようになります(焼畑農業とは逆の考え方です)。

なお、時間的余裕という観点でも、仕事のリードタイムの増加やコミュニケーションオーバーヘッドの増加という観点でも、ストレスマネジメントという観点でも複数プロジェクトの兼任はお勧めしません。 タイガーチームのような特殊スキルセットの人を除き、プロジェクトのメンバーとしてさまざまな作業を行う人は1つのプロジェクトに専念すべきです。 ワインバーグ氏を始めとして、多くの先人たちが昔からそう言い続けています。

それでは。

アジャイルコーチングやトレーニングを提供しています

株式会社アトラクタでは、アジャイル開発に取り組むチーム向けのコーチングや、認定スクラムマスター研修などの各種トレーニングを提供しています。ぜひお気軽にご相談ください。

詳細はこちら
  • スクラム実践者が知るべき97のこと
  • 著者/訳者:Gunther Verheyen / 吉羽龍太郎 原田騎郎 永瀬美穂
  • 出版社:オライリージャパン(2021-03-23)
  • 定価:¥ 2,640
  • スクラムはアジャイル開発のフレームワークですが、その実装は組織やチームのレベルに応じてさまざまです。本書はスクラムの実践において、さまざまな課題に対処してきた実践者が自らの経験や考え方を語るエッセイ集です。日本語書き下ろしコラムを追加で10本収録
  • プロダクトマネジメント ―ビルドトラップを避け顧客に価値を届ける
  • 著者/訳者:Melissa Perri / 吉羽龍太郎
  • 出版社:オライリージャパン(2020-10-26)
  • 定価:¥ 2,640
  • プロダクト開発を作った機能の数やベロシティなどのアウトプットで計測すると、ビルドトラップと呼ばれる失敗に繋がります。本書ではいかにしてビルドトラップを避けて顧客に価値を届けるかを解説しています。
  • SCRUM BOOT CAMP THE BOOK 【増補改訂版】
  • 著者/訳者:西村直人 永瀬美穂 吉羽龍太郎
  • 出版社:翔泳社(2020-05-20)
  • 定価:¥ 2,640
  • スクラム初心者に向けて基本的な考え方の解説から始まり、プロジェクトでの実際の進め方やよく起こる問題への対応法まで幅広く解説。マンガと文章のセットでスクラムを短期間で理解できます。スクラムの概要を正しく理解したい人、もう一度おさらいしたい人にオススメ。
  • みんなでアジャイル ―変化に対応できる顧客中心組織のつくりかた
  • 著者/訳者:Matt LeMay / 吉羽龍太郎、永瀬美穂、原田騎郎、有野雅士
  • 出版社:オライリージャパン(2020-3-19)
  • 定価:¥ 2,640
  • アジャイルで本当の意味での成果を出すには、開発チームだけでアジャイルに取り組むのではなく、組織全体がアジャイルになる必要があります。本書にはどうやってそれを実現するかのヒントが満載です
  • レガシーコードからの脱却 ―ソフトウェアの寿命を延ばし価値を高める9つのプラクティス
  • 著者/訳者:David Scott Bernstein / 吉羽龍太郎、永瀬美穂、原田騎郎、有野雅士
  • 出版社:オライリージャパン( 2019-9-18 )
  • 定価:¥ 3,132
  • レガシーコードになってから慌てるのではなく、日々レガシーコードを作らないようにするにはどうするか。その観点で、主にエクストリームプログラミングに由来する9つのプラクティスとその背後にある原則をわかりやすく説明しています。
  • Effective DevOps ―4本柱による持続可能な組織文化の育て方
  • 著者/訳者:Jennifer Davis、Ryn Daniels / 吉羽 龍太郎、長尾高弘
  • 出版社:オライリージャパン( 2018-3-24 )
  • 定価:¥ 3,888
  • 主にDevOpsの文化的な事柄に着目し、異なるゴールを持つチームが親和性を高め、矛盾する目標のバランスを取りながら最大限の力を発揮する方法を解説します
  • ジョイ・インク 役職も部署もない全員主役のマネジメント
  • 著者/訳者:リチャード・シェリダン / 原田騎郎, 安井力, 吉羽龍太郎, 永瀬美穂, 川口恭伸
  • 出版社:翔泳社( 2016-12-20 )
  • 定価:¥ 1,944
  • 米国で何度も働きやすい職場として表彰を受けているメンローの創業者かつCEOであるリチャード・シェリダン氏が、職場に喜びをもたらす知恵や経営手法、より良い製品の作り方などを惜しみなく紹介しています
  • アジャイルコーチの道具箱 – 見える化の実例集
  • 著者/訳者:Jimmy Janlén / 原田騎郎, 吉羽龍太郎, 川口恭伸, 高江洲睦, 佐藤竜也
  • 出版社:Leanpub( 2016-04-12 )
  • 定価:$14.99
  • この本は、チームの協調とコミュニケーションを改善したり、行動を変えるための見える化の実例を集めたものです。96個(+2)の見える化の方法をそれぞれ1ページでイラストとともに解説しています。アジャイル開発かどうかに関係なくすぐに使えるカタログ集です
  • カンバン仕事術 ―チームではじめる見える化と改善
  • 著者/訳者:原田騎郎 安井力 吉羽龍太郎 角征典 高木正弘
  • 出版社:オライリージャパン( 2016-03-25 )
  • 定価:¥ 2,138
  • チームの仕事や課題を見える化する手法「カンバン」について、その導入から実践までを図とともにわかりやすく解説した書籍。カンバンの原則などの入門的な事柄から、サービスクラス、プロセスの改善など、一歩進んだ応用的な話題までを網羅的に解説します。
  • Software in 30 Days スクラムによるアジャイルな組織変革“成功"ガイド
  • 著者/訳者:Ken Schwaber、Jeff Sutherland著、角征典、吉羽龍太郎、原田騎郎、川口恭伸訳
  • 出版社:アスキー・メディアワークス( 2013-03-08 )
  • 定価:¥ 1,680
  • スクラムの父であるジェフ・サザーランドとケン・シュエイバーによる著者の日本語版。ビジネス層、マネジメント層向けにソフトウェア開発プロセス変革の必要性やアジャイル型開発プロセスの優位性について説明
  • How to Change the World 〜チェンジ・マネジメント3.0〜
  • 著者/訳者:Jurgen Appelo, 前川哲次(翻訳), 川口恭伸(翻訳), 吉羽龍太郎(翻訳)
  • 出版社:達人出版会
  • 定価:500円
  • どうすれば自分たちの組織を変えられるだろう?それには、組織に変革を起こすチェンジ・マネジメントを学習することだ。アジャイルな組織でのマネージャーの役割を説いた『Management 3.0』の著者がコンパクトにまとめた変化のためのガイドブック